呼吸をあらためて見る|ロバート・C・フルフォード博士の本から学んだこと
整体をしていると、「もっと特別な技術が必要なのではないか」「もっと高度なことができなければいけないのではないか」と考えてしまうことがあります。
私自身も、以前はそうでした。
そんな時に思い出すのが、ロバート・C・フルフォード博士の本です。
博士の考え方に触れたことで、私は「何か特別なものを足す」ことだけが回復につながるわけではなく、呼吸のように、もともと身体に備わっている働きを見ることも大切なのではないかと考えるようになりました。
今回は、フルフォード博士の本から私が受け取ったことと、現在の福粋で呼吸をどのように見ているのかについて書いてみたいと思います。
ワイル博士の本から、フルフォード博士を知りました
私がロバート・C・フルフォード博士を知ったきっかけは、アンドルー・ワイル博士の本でした。
そこからフルフォード博士のことを知り、『いのちの輝き フルフォード博士が語る自然治癒力』を読むようになりました。
フルフォード博士はオステオパシー医として長年多くの人の身体を見てきた方で、身体を部分だけで捉えるのではなく、呼吸や身体全体のつながりを大切にしていたことが本から伝わってきました。
私はその考え方を読んだ時、強く惹かれました。
当時の私は、施術について考えれば考えるほど、
「もっと高度な技術が必要なのではないか」
「まだ知らない特別な方法があるのではないか」
という方向へ進みやすかったからです。
けれど博士の本を読むと、呼吸という、誰もが毎日している当たり前の働きが何度も出てきます。
それが、私にはとても新鮮でした。
呼吸は、身体の状態を教えてくれることがあります
フルフォード博士は、健康を考えるうえで呼吸をとても大切なものとして捉えていました。
私はその考えに触れてから、呼吸そのものを見る機会が増えました。
ただし現在は、
「深く呼吸できれば健康になる」
「大きく吸えるようにすればよい」
と単純には考えていません。
むしろ、
今、この人はどんな呼吸をしているのだろう?
と見るようにしています。
たとえば、仰向けになった時でも、人によって呼吸の見え方は違います。
- ● 胸の動きが大きい方
- ● お腹がよく動く方
- ● 呼吸の動きが小さく見える方
- ● 身体の一部に力が入りながら呼吸している方
- ● 少し姿勢が変わるだけで呼吸が楽になる方
どれが正しい、どれが間違っている、と最初から決めるわけではありません。
呼吸も、その時の身体を知るための一つの情報として見ています。
「もっと特別なことをしなければ」という思い込み
フルフォード博士の本を読んで、私が一番大きく受け取ったのは、呼吸の方法そのものではなかったのかもしれません。
むしろ、
回復のために、必ずしも特別なことを足し続けなくてもよいのかもしれない
ということでした。
整体を学んでいると、次々に新しい技術や理論が出てきます。
もちろん、それらを学ぶことが役立つ場合もあります。
けれど、技術を増やすことばかり考えていると、目の前の身体を見なくなってしまうことがあります。
「この症状だから、この技術」
「ここが硬いから、この方法」
と、知っている答えに身体を当てはめてしまうこともあります。
今の私は、それよりも、
「今ここでは、何が起きているのだろう」
と見ることの方を大切にしています。
呼吸を見ることも、その一つです。
過去の身体の負担まで見るという考え方
フルフォード博士は、現在の身体だけでなく、過去に身体へ加わった負担にも目を向けていました。
本の中では、出生時を含めた過去の身体への影響についても触れられています。
私はそれを読んだ時、少し驚きました。
自分では覚えていないような時期の身体の経験まで視野に入れているからです。
ただ、現在の福粋では、
「昔こういうことがあったから、今この不調が出ている」
と過去を原因として決めつけることはしていません。
過去に何があったとしても、今ここで確認できるのは、現在の身体です。
だから私は、過去の意味を探すよりも、まず今の身体に表れている反応を見るようにしています。
呼吸も、姿勢も、動きも、触れた時の反応も、そのための手がかりです。
子どもの身体を見て感じたこと
フルフォード博士は、子どもの治療についても多く書いていました。
博士は、子どもには大人とは違う生命力の強さがあると考えていたようです。
私自身、子どもを整体した経験はそれほど多くありません。
これまで施術したのは、主に11歳から15歳くらいまでの子どもたちです。
その中で感じたのは、子どもの身体は大人とは反応の仕方が違うことがある、ということでした。
ただ、年齢だけで回復の早さを決めることはできません。
子どもでも身体の状態は一人ひとり違いますし、大人でも変化が早い方はいます。
また、子どもの施術では、身体そのものだけでなく、親御さんとの関係や説明の仕方も大切になります。
親御さんに説明することに意識が向きすぎると、施術を受けている本人の感覚が置き去りになってしまうことがあります。
だからこそ、もし子どもを施術する時には、年齢に関係なく、本人が今どう感じているのかを見ることを大切にしたいと思っています。
呼吸を「整える」のではなく、まず見る
呼吸という言葉を聞くと、
「深呼吸した方がいい」
「腹式呼吸をした方がいい」
「もっと大きく吸った方がいい」
という話になりやすいと思います。
けれど、福粋では最初から呼吸を理想の形に変えようとはしません。
まず、その人が自然に呼吸している状態を見ます。
無理に大きく吸おうとすると身体に力が入る方もいます。
逆に、身体の緊張が少し変わっただけで、意識しなくても呼吸が楽になる方もいます。
そういう変化を見ていると、
呼吸を変えようとする前に、呼吸がどうなっているのかを見ることが大切なのではないか
と思うようになりました。
これは、呼吸に限らないと思います。
姿勢も、身体の左右差も、筋肉の硬さも、痛みも、最初から「悪いもの」と決めるのではなく、まずそのまま見る。
その中で、変える必要がありそうなところが見えてくることがあります。
今の福粋につながっていること
フルフォード博士の本を読んだ当時と、現在の私では、身体の見方もかなり変わりました。
博士が書いていることを、そのまま正解として受け取っているわけではありません。
それでも、今でも残っているものがあります。
それは、
「人の身体には、もともと働いているものがある」
という視点です。
呼吸もその一つです。
施術者が何かを全部作り出すのではなく、すでに身体の中で起きている働きを邪魔しない。
必要以上に強く押さない。
最初から答えを決めない。
身体がどう反応しているのかを見る。
フルフォード博士の本から受け取ったものは、形を変えながら、今の福粋にも残っているように思います。
回復について、今思うこと
以前の私は、「回復させるためには何をすればいいのか」と考えることが多かったように思います。
今は少し変わりました。
「この身体は、今どうなっているのだろう」
と見るところから始めます。
呼吸が浅く見えたとしても、すぐに深くさせる必要があるとは限りません。
身体が硬く見えても、すぐに柔らかくすればいいとも限りません。
痛みがあっても、その場所だけが問題とも限りません。
まず、今の状態を見る。
そして、身体に触れたり動いてもらったりしながら、その反応を見る。
フルフォード博士の本を読んで感じた「特別なことを足し続けなくてもいい」という感覚は、今になってより深く分かるようになった気がします。
呼吸は、そのことを思い出させてくれる、とても身近な身体の働きです。
